2007年08月12日
第11報:ある再治療症例の治療を終えて(2)
再治療とは何かについては第3報(2007年2月23日)で詳しく述べましたので、知りたい方はそちらをご覧下さい。ここでは、最近治療を終えた再治療例を紹介します。このクライアントをMさんと呼ぶことにします。きっかけは顎関節症状でした。その治療を求めて近くの病院歯科を訪れたところ、かみ合わせの異常を指摘され。紹介されて私のところにやってきました。Mさん(22歳女性)のお話しによれば、小学生の頃に関東の某大学歯学部附属病院矯正歯科において反対咬合の本格的治療を受けた経験があるとのことでした。図1は、初診時に撮影したお口の写真ですが、前歯部開咬と反対咬合を呈していました。上下顎の第一小臼歯が4本なかったことから、マルチブラケット装置による治療がなされたことが想像できました。また、X線写真から上下顎切歯の歯根吸収が著しいことも分かりました。治療前の状態が知りたくてMさんにお願いしましたが、残念ながら、もう10年以上前のことなのでその大学病院に資料は保存されていないとのことでした。
図1 再治療開始直前の状態
子どもの頃に矯正治療を受けて、成人してから再治療を余儀なくされた症例の多くに共通することですが、例え永久歯列が完成していても、まだ顎の成長が残っている時点でマルチブラケット装置による仕上げの治療なされると、顎成長に伴ってこのような「再発」が生じることがあります。舌などの悪習癖を伴い、残余成長が大きければ大きいほど再発のリスクが高まります。
Mさんの再治療ですが、明らかに上顎骨が小さく、逆に下顎骨が大きかったことから、外科的矯正治療の適応症と診断しました。Mさんも私たちの提案をよく理解し、受け入れてくれました。そこで、診断後直ちにマルチブラケットを装着して、1ヵ月後には上顎骨の前下方移動術(Le Fort I 型骨切り術)と下顎後退術(下顎矢状分割術)を行いました。手術後約1ヵ月経過した時点から術後矯正治療を開始しましたが、歯は急速に移動し約10ヵ月で治療ゴールを達成しました。図2はブラケット装置を撤去した直後の状態を表しています。
図2 ブラケット装置撤去時(総治療期間11ヵ月)
術後矯正によって上下顎切歯の傾斜は適正化され、いわゆる機能的咬合が具備すべき条件をクリアすることができました。切歯の歯根吸収の進行も認められませんでした。また、顔写真を掲載できないのが残念ですが、顎矯正手術によって顎間関係は著しく改善され、かつ治療前はスマイル時に上顎切歯が見えなかったものが、治療後にはきれいなディスプレイに改善されました。
さて、ここで触れておかなければならないことは、治療後の安定性についてです。巷でよく耳にすることは、矯正治療後に「後戻り」や「再発」する例が多いということと、それが通り相場になっていることです。これは、大変不幸なことであると言わざるを得ません。なぜなら、適切な時期に、適切な診断と適切な治療が行われれば、後戻りや再発というリスクは最小限に抑えられるからです。Mさんの場合は、前述したように、治療時期に主たる原因があったと思います。顎成長が終息する高校生以降の時期に仕上げの治療を行っていれば(その場合、仕上げの治療として外科的矯正治療が必須だったとは思われますが)、結果は違ったものになっていたでしょう。
また、Mさんの歯列と咬合の安定性についてですが、まずは保定が重要です。保定装置は、上顎はラップアラウンドタイプのリテーナー(最初の1年が全日使用、以後は夜間使用を指示)、下顎には5〜5のリンガルボンディドリテーナーを装着しました。これらの保定装置を少なくとも5年間は使っていただくことになります。本例の場合、再発の最大リスクファクターと思われる顎成長については考える必要がないので、他の成人患者さんと同様に良好な術後経過を辿るものと予想しています。
投稿者 菅原準二 : 09:03 | コメント (0) | トラックバック
2007年06月10日
第10報 口腔成育シンポジウムでの講演
仙台口腔成育シンポジウム・ファイナルが6月2・3日に仙台弁護士会館において開催されました(図1)。主催は仙台を中心にした歯科医グループで、今年は5年間限定開催の最終年ということでファイナルと銘打っていました。口腔成育とは、子どものバイオ・サイコ・ソーシャルに関わる包括的歯科医療や支援を意味し、子どもの継続的なお口のケアを通じて心の発達(セルフケア確立や自立)にも寄与することを目的としています。そして自分たちの身体や心を大切にしようとするマインドが次世代に継承されることへの期待もその中に込められています。
図1 代表挨拶
現在、少子社会でのコミュニケーション不足、親の育児力の低下など、子どもの成育環境における様々な問題がとりざたされています。歯科医は子どもに接する機会が多いことから、地域専門職ネットワークの一員として、その問題解決に向けて少しでも貢献したいということも動機の一つになっています。とりわけ矯正治療の場合、ドクターが子どもたちの顎成長が終了するまで、激動の思春期も含めて、長期間おつきあいすることが多いことから、単に歯並びや噛み合わせを改善するという生物学的な対応にとどまらず、子どもの成育に関わる心理・社会学的知識を身につけていることが必須と考えられています。
今回のシンポジウムでは、平木典子先生「家族理解に役立つ家族システム理論」(基調講演)、佐々木洋先生「口腔の成育をはかるということ-時空をつなぐ成育支援マインド-」、村松いずみ先生「かかりつけ医をもつということ、かかりつけ医であるということ」、布柴靖枝先生「バイオ・サイコ・ソーシャルの統合をめざす口腔成育に期待するもの-歯科医療者が臨床心理学的視点をもつこととは?」、池森由幸先生「社会に共感をもって受け入れられる矯正歯科医療を求めて」、富永雪穂先生「成長期の矯正歯科治療における選択と優先順位」、伊藤智恵先生「不正咬合をシステムとしてとらえたアプローチ–口腔成育は統合的ヘルスケア-」、そして私の「口腔成育の一環として矯正歯科医療をとらえる-長期経過した再治療症例から学んだこと-」という講演がありました。
図2 ディスカッション
私の講演では「矯正治療がバイオ・サイコ・ソーシャルに関わる包括的歯科医療であることは理想である。しかし、プロフェッショナルの必要条件は、再治療例(失敗例)をなくし、治療の質を保証し、確実で安全な標準治療を確立する努力を怠らないことである。そのためには再治療例から多くを学ぶことできる。」ことを強調しました(図2)。
口腔成育の実践には多大な時間と労力を要するも、医業収入には直結しないことから、必ずしも多くの歯科医の賛同が得られているとは言えません。しかし、口腔成育によって多大な患者利益がもたらされ、かつ歯科医療の本質をとらえていることから、それが今後の医療として定着することを切に願っています。最後になりましたが、向山雄彦代表ならびに口腔成育研究会メンバーの皆さま、5年間の活動お疲れさまでした。
投稿者 菅原準二 : 08:33 | コメント (0) | トラックバック
2007年05月21日
第9報:The Dewel Awardの受賞
これは実にサプライズでした。
2007年の B.F. and Helen E. Dewel Award (通称The Dewel Award)が私たちの論文に与えられることになったからです。The Dewel Awardとは、矯正歯科学分野のトップジャーナルであるAmerican Journal of Orthodontics and Dentofacial Orthopedics (AJO-DO)が、その前年に掲載された全論文の中から、最優秀論文が選ばれて贈られる賞で、AJO-DOの賞としては最も権威のある賞とされています(図1)。授賞対象になった私たちの論文とは以下のような論文でした。
Sugawara J, Kanzaki R, Takahashi I, Nagasaka H, Nanda R : Distal movement of maxillary molars in nongrowing patients with the skeletal anchorage system, Am J Orthod Dentfac Orthopedics 129;723-733, 2006.
表彰式が5月19日午前9時の約束だったので、私は、AAOでの自分の講演を終えたその足で、表彰会場であるシェランホテルに向かいました。会場では、すでにAJO-DOの編集長であるDr. Turpinと共著者のProf. Nandaが待ち構えており、直ちにプラークの贈呈と記念撮影が行われました(図2)。
実のことを言えば、私はそのような賞が存在することすら知りませんでした(すみません…)。なぜなら、AJO-DOは採択率が必ずしも高くなく、掲載されるだけでも嬉しいことなので、まさか最高栄誉の賞を獲得することなどは想像だにしていなかったからです。ともあれ、大変に名誉なことで、研究者の端くれとしてアカデミックサイトで34年間それなりに頑張ってきたことに対するご褒美として受け止め、ありがたく頂戴いたしました。私にとっては、すばらしいモニュメントになりました。これもすべて共同研究者らのお陰と感謝しております。
投稿者 菅原準二 : 19:11 | コメント (0) | トラックバック
2007年05月20日
第8報:アメリカ矯正歯科学会(AAO) での招待講演
AAOの年次大会は世界最大規模の学術大会で、参加者はアメリカ国内にとどまらず、世界各国から毎年約2万人の会員が集まります。今回で107回目の年次大会であることからしても、いかに伝統のある大会であるかが伺えます(図1)。私の年次大会での招待講演は、2000年シカゴ、2002年フィラデルフィア、2006年ラスベガスに続いて今度のシアトルで4回目ですが、その度に緊張を強いられています。講演後に聴衆による評価がなされ、その採点表が数ヶ月後に講演者に送られてくるからです。評価が低い場合は、以後、招待講演の機会が少なくなるという厳しさです。コンテンツが大事なのは当たり前のことですが、英語の発音が悪くて出席者に内容が伝わらないというのも減点の対象で、日本人だから発音は大目に見て欲しいという甘えは通らないようです。私を含め、日本人にとっては辛いことですが、世界の共通言語が英語になっている現在、避けることのできないハードルなのです。だから、若い日本の矯正歯科医には、英語力を付けるための継続的努力をしなさいと、いつも口が酸っぱくなるほど言っているのですが、きっと彼らには現実味もなく、危機感もない話に聞こえるのでしょうね。
ところで、今回の学会場はWashington State Convention and Trade Centerで、私の講演会場は、約1500席の大きな6Eという部屋でした。朝8時からの講演だったことから出席者はきっと少ないだろうと踏んでいたところ(日本では常にそうなので)、予想とは裏腹に大勢の聴衆が詰めかけ、入りきれずに扉の外に列ができていました。私の講演は Implants as Anchorsというセッションに含まれていましたが、インプラント矯正が臨床医にとって依然として大きな関心事になっていることを伺い知ることができました(図2,3)。
図2 講演開始直前 図3 講演中の会場風景
今回の私の講演タイトルは「Non-Surgical and Non-Extraction Open Bite Correction in Adults with Orthodontic Miniplates」で、これまで治療がとても難しいとされてきた成人期の骨格性開咬症(skeletal open bite)を顎矯正手術なしで、かつ小臼歯を抜歯しないで、SASの適用で改善し、これまでのところ良好な長期成績を得ているという内容です。骨格性開咬症の治療は、かつては外科的矯正治療の適応でしたが、現在では、下顎骨が過大あるいは過小という問題を伴っていなければ、開咬症治療の第1オプションはインプラント矯正になりつつあります。患者さんにとっては顎矯正手術を避けられるという点で大変な朗報です。そして、小臼歯抜歯を前提とするのであれば暫間的固定源としてはミニスクリューで結構ですが、小臼歯を抜かない治療が可能であるとすれば、ミニプレートの適用を考えます。最終的には患者さんに複数の治療選択肢を示し、インフォームド・チョイスしていただくことが重要と考えています。私の患者さんでミニプレート適用例が多いという理由は、小臼歯を抜かない方針を選択される方が多いことを意味しています。そもそも治療ゴールが異なることから、ミニスクリューとミニプレートの比較は、外科的侵襲の多寡だけで優劣を決めることはできません(専門的な話でごめんなさい)。いずれにせよ、45分間の話でしたが、1500名もの聴衆が私の話を集中して聞いてくれたことに対して、ただただ感謝するのみでした。
話は前後しますが、17日にシカゴからシアトルの国際空港に到着し、自分の荷物を受け取るためにbaggage claimに行ったところ、いたるところに矯正歯科用ブラケット(通称ブレイス)の宣伝が大々的になされていました(図4)。
図4 矯正装置の宣伝(国際空港にて)
今回の学会にちなんでなのかどうかは確認できませんでしたが、アメリカ国民の多くが、歯並びや噛み合わせが悪ければ、何の抵抗もなく自然に矯正治療を受けている現実を反映しているものと理解しました。矯正歯科が、アメリカの歯科医療の中でトップの収益を上げていることや、矯正歯科医の社会的ステータスが高く、矯正歯科の大学院入学希望者が引きも切らないという現実と無関係ではなさそうです。日本文化は相当にアメリカナイズされ、特にファッションがそうですが、なぜか歯並びにその文化的影響が及んでいないのは、とても興味ある研究テーマです。
そうそう、忘れるところでした。本ブログの第2報で宿題になっていた件です。Pikeplace Market付近の路上に埋め込まれた在原業平の詩を詠んだプレートのことです。やはりいつものところにありましたので、写真を撮ってきました(図4)。「ついに行く道とはかねて知りしかど、昨日今日とは思わざりしを」を、英語では “I have always known that at last I would take this road. But yesterday, I did not know it would be today.”と表現しておりました。
投稿者 菅原準二 : 18:41 | コメント (0) | トラックバック
2007年05月17日
第7報:コネチカット大学での講義
5月15日にレンタカーを運転してボストン(マサチューセッツ州)からファーミングトン(コネチカット州)に向かいました。フリーウェイの91 Westから84 Southに乗っての約2時間のドライブでしたが、天候は快晴で、新緑が太陽に輝いて、とても清々しい気分で気持ちよく運転できました。そして、医学部と歯学部そしてそれぞれの附属病院や研修施設などが組み込まれたUniversity of Connecticut (UCONN) Health Center(図1)に無事到着しました。
私の恩師であるProf. Ravi Nanda が、丁度午後の診療に入っていたので暫く外来で見学しながらレジデント(大学院生)らと雑談をして過ごしました。診療が一段落したところで、急にRaviが、天気も良いし、ゴルフに行こうと言い出し、それに従うことにしました。アメリカはサマータイムで、夜は8時頃まで明るいので午後3時頃から1ラウンド回ることが可能なのです。Raviの近くの立派なカントリークラブでプレーを楽しみました。スコアは48・42と1年に数度しかプレーしない私としては上出来。その夜は、ベッドルームがいくつあるか分からないほど広く豪華なRaviの家に宿泊(図2)。旅の疲れとゴルフの疲れが重なって、ぐっすり。英語で言うと “I slept like a log.”。
図2 Ravi宅からの眺望 図3 院生らと共に
翌16日は、朝7時に大学に向かい、8時から12時過ぎまで20名ほどのレジデントを相手に講義を行いました(図3)。前半は「成長期反対咬合の診療ガイドライン」、後半は「Skeletal Anchorage System (SAS)」を話題にしました。用意したパワーポイントはそれぞれ1時間程度の内容でしたが、途中で質問攻めに合うため、倍の時間を要してしまいました。これだけ中味の濃い討論をすると教師冥利に尽きます。客員臨床教授としての義務を果たした思いがしました。
