2007年05月17日
はじめに
河北新報「みんなの健康」新時代の矯正歯科
1999年1月~5月(15回連載)
このシリーズは、今から8年前のもので、私が東北大学で助教授をしていた頃に河北新報に連載したものです。少し賞味期限を過ぎた部分もありますが、殆どはこれから矯正歯科治療を受けようと考えている方には、今でもお役に立てる内容ではないかと思います。驚いたのはこのシリーズの反響です。予想以上に多くの方が読まれていたことを知りました。中には、切り抜いてスクラップブックにしていた方もおりました。また、治療を諦めていた方が、矯正歯科治療は何歳になっても可能なのだということを知り、実際に治療を受けて長年のコンプレックスを解消した方もいらっしゃいました。賞味期限が過ぎた部分はいずれ折を見て改訂したいと思っています。
【シリーズ目次】
1. 情報不足
2. 専門医の育成
3. 不正咬合の見方
4. 放置すると
5. 見かけ
6. 子供の治療(前)
7. 子供の治療(後)
8. 成人矯正
9. 外科的矯正
10. 反対咬合の治療
11. 上顎前突の治療
12. 叢生の治療
13. 顔面非対称の治療
14. 学校歯科健診
15. 口腔育成プロジェクト
投稿者 菅原準二 : 15:55 | コメント (0) | トラックバック
2007年05月02日
1.情報不足
にわかに矯正歯科が慌ただしくなってきた.平成7年4月から,児童生徒を対象にした学校歯科健診の内容が改正され,「歯列・咬合・顎関節」が新たなスクリーニング項目として設けられたからだ(宮城県では平成八8年から実施).わが国の歯科保健活動は,これまで虫歯や歯周病を中心とした疾病対策に重点が置かれていたが,虫歯の減少という疾病構造の変化にともなって,ようやく矯正歯科が目的とする「健全な歯・口腔(こうくう)の育成と生涯維持」に目を向けるゆとりが出てきたと言えそうだ.しかし,一方では,矯正歯科に関する情報が不足しているせいか,学校歯科健診の事後措置をめぐって現場では多少の混乱も生じている.
街で「矯正歯科」の看板を目にした方も多いと思うが,一体何をする診療科なのか,普通の歯科とどう違うのか,実際のところはあまり知られていない.一般の 人々に尋ねると,ほぼ例外なく「格好悪い歯並びをきれいにする歯医者さんのことでしょう」と返ってくる.間違いではないが,どうも,エステティックにかか わる歯科というイメージが浸透しているようだ.事実,見かけを気にしてやってくる患者さんがきわめて多い.ひとえに女性誌などメディアの影響と私たちの情 報提供不足によると思われる.そこで,最新の「矯正歯科」について,皆さんにもう少し知っていただき,診療を受ける際の基礎知識にしていただければと思 い,このコーナーをしばらくお借りすることになった.今回は,シリーズの初回なので,「矯正歯科」の概要を紹介しておきたい.
「矯正歯科」という表示が可能になったのは,独立した診療科目として認められるようになった昭和53年からだ.自由標榜(ひょうぼう)制なので,日 本の歯科医師免許を持っていれば誰でも看板に掲げることができる.しかし,このような専門の診療科目を表示している歯科医のすべてが,高度化している医療 技術に対応できるのかという疑問が生じたため,専門医の資格が必要であるという方向で厚生省などで協議が行われている.
それに関連して,日本矯正歯科学会は,国民に適切な医療を提供することと,医療水準を維持するために,昭和64年から認定医制度を発足させた.しかし,現 行の医療法では認定医や指導医であることを看板などに表示することができないため,患者さんには分かりにくいし,せっかくの制度が十分に活用されていない 状況にある.この問題についても現在検討されているところである.
投稿者 菅原準二 : 17:05 | コメント (0) | トラックバック
2007年05月01日
2.専門医の育成
矯正歯科を標榜(ひょうぼう)している開業医はつぎのように大別される.第1は,大学卒業後に矯正歯科の卒後教育を受けて矯正歯科だけで開業した場合.第2は,矯正歯科の卒後教育を受けた後に,矯正歯科だけでなく一般歯科などとの複数科名で開業した場合.第3は,卒後教育は受けていないものの,矯正歯科に関する何らかの修練を積み,複数科名で開業した場合である.いわゆる「矯正専門医」とは第一の場合を指し,そのほとんどが日本矯正歯科学会の認定医や指導医の資格を取得している.
ところで,矯正歯科の科学的基盤を支えている学問,すなわち「歯科矯正学」は,歴史的には17〜18世紀にイギリスやフランスで芽生え,19〜20世紀にアメリカ合衆国で生物学をベースにした学問として体系化され,第二次世界大戦後に本格的に日本に導入された.ちなみに東北大学においては昭和43年に歯科矯正学講座が新設され,「歯科矯正学」の卒前教育が開始された.さらに,教育スタッフなどの体制が整った昭和55年ごろから「矯正専門医」を養成するための卒後教育も本格的に行われるようになった.
なぜ6年間の学部教育で矯正歯科診療ができるようにならないのか,不思議に思う方もいるかも知れない.しかし,卒前教育では他の課目とのバランスで,「歯科矯正学」の講義や実習時間を十分に獲得することができないため,学部卒業までに基本的な知識と診断能力を身につけさせるのが精一杯であり,本格的な教育は卒後教育に委ねられているのが現状である.卒後教育コースは,公的に設置されている大学院(4年制)とはまったく別で,各大学の歯科矯正学講座が自主的に設けている「私塾」のような存在である.東北大学では,全日・3年制の卒後教育コースを実施しており,大学院生も含めて,すべての新入医局員がこのコースを履修する仕組みになっている.かなり厳しいカリキュラムの中で臨床と研究の研修を続け,最後の認定試験を経て初めて,若き矯正歯科医が誕生する.大学に入学してから実に10年目の春のことである.一般的には,その後さらに数年間にわたり,大学病院や矯正歯科医院などで多くの臨床経験を積み,やっと「矯正専門医」として独立することが可能になる.前に述べた日本矯正歯科学会・認定医の資格条件の中にも,大学などの指定研修機関で5年以上の臨床経験を積んでいることが義務づけられている.
地域社会において矯正歯科の中核として働いている「矯正専門医」が,このようにして育成されていることはあまり知られていない.
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2007年04月30日
3.不正咬合の見方
他の診療科と同様に,矯正歯科においても分類が重要である.症状を分類することが診断や治療方針の基盤になっているからだ.
矯正歯科の主な診療対象は「不正咬合(ふせいこうごう)」である.これは,「上下の歯列をかみ合わせた時の位置関係にズレがある状態」を意味する.かみ合わせのズレは多様であり,それぞれ治療の進め方や難しさも異なることから,まず「不正咬合」の分類から知っていただきたい.
矯正歯科医は,患者さんを前にした時,「はい,口を開けて」とは言わない.まず,口を閉じた状態で,顔の形や口元のバランスを観察することから始める.その患者さんの「不正咬合」が歯並びだけの問題なのか,それとも歯列を支える顎骨の不調和によるものなのかを見きわめるためである.顔面骨格は三次元構造体であるが,顔の形を側面と正面に分けて評価すると理解しやすい.「不正咬合」の診断や治療にかかわる重要な情報は,側面顔(横顔)により多く含まれると思うので,ここでは側面顔について述べる.
細部にまでこだわれば,人の側面顔は十人十色で分けようがないが,大まかには前後および上下的バランスによって9つのタイプに分類される.すなわち,顎骨の前後的バランスによって「下顎が突出している(下顎前突),普通,後退している(下顎後退)」の3タイプに分けられる.さらに,顔の上下的バランスによっても,「顔が長い(長顔),普通,短い(短顔)」の三タイプに分けられる.それら3×3の組み合わせによって9タイプの側面顔が成立するわけである.
患者さんの側面顔がどのタイプに分類されるかが明らかになれば,口の中を見なくとも,かみ合わせの状態は想像がつく.前後的バランスが「下顎前突」タイプでは「反対咬合(受け口)」に,「下顎後退」タイプでは「上顎前突咬合(出っ歯)」になる確率が高くなるし,上下的バランスが「長顔」タイプでは「開咬(奥歯をかみあわせても上下の前歯が重ならず隙間があく)」を,逆に「短顔」タイプでは「過蓋咬合(上下の前歯が過度に深く重なる)」を示す傾向が強まるからだ.
このような見方にしたがえば,「正常咬合(良いかみ合わせ)」の多くが,顔面骨格の前後的および上下的バランスがともに普通タイプかそれに近いという条件下で成立することも納得できるであろう.つまり,「不正咬合」の見方は,かみ合わせのズレだけにとらわれるのではなく,歯列を支える顔面骨格のバランスに問題がないかどうかを見きわめることがポイントだ.
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2007年04月29日
4.放置すると
矯正歯科の必要性を理解するためには,不正咬合を放置した場合,将来どのような問題が生じるのかを知ることが早道である.このことに関連して,最近の学会で興味ある研究報告があった.
厚生省と日本歯科医師会が推進している「8020(ハチマルニイマル)運動」についてはご存じの方も多いと思うが,「80歳まで長生きして,健全な20本の歯を残そう」というキャンペーンである.東京都文京区歯科医師会で8020達成者(52名)のかみ合わせを調査したところ,達成者のすべてが顔面骨格のバランスに問題がなく,ほとんどが正常咬合(良いかみ合わせ)で,反対咬合は皆無であったことが明らかになった.
全国的な調査ではなく,対象者の口腔衛生知識が現在とは異なる世代であることなどから,これを普遍的な事実として受けとめるのは早計であるにしても,注目に値する.長期にわたって歯を健全に維持するためには,顔面骨格のバランスに問題がなく,かつ正常咬合を有していることが必要条件であることを暗示しているからである.
正常咬合であることによって,一本一本の歯に与えられた本来の機能を発揮することができるし,そしゃく時の食物の流れや唾液による自浄効果が高いことも明らかである.もちろん,歯ブラシで口の中を清潔にすることも容易である.また,顔面骨格のバランスが整っていることが,そしゃくや発音のために下顎を動かす筋肉(そしゃく筋)や,歯列を内外側から支える舌と表情をつくる筋肉(表情筋)の健全な働きと深く関連している.歯の長期維持のためには,システム全体が正しく機能していることが重要だ.
一方,不正咬合を放置した場合,特定の歯に必要以上の負担を強いることになるし,食物や唾液の流れにも乱れが生じて自浄作用が妨げられ,歯や口の清掃もままならないことが多い.さらに,歯並びやかみ合わせに乱れがあるために虫歯や歯周病などの誘因にもなるし,わずらった場合に正しく治療することも難しくなる.さらに,顔面骨格のバランスに著しい不調和をともなっていれば,そしゃく筋,舌,表情筋に正常な働きを求めることは無理な注文である.不正咬合の程度,虫歯や歯周病に対する感受性にもよるが,歯を駄目にしてしまうリスクが高いと考えられる.
「歯が駄目でも義歯(入れ歯)があるじゃないか」という言葉をよく耳にする.本質的には同じ意味なのに,「足が駄目でも義足があるじゃないか」とは誰も言わない.新時代に向かって,このあたりの健康意識やパラダイムを変えて行く必要があろう.
