2009年05月04日
第17報 第109回アメリカ矯正歯科学会(AAO)での講演
メキシコ発の豚インフルエンザ(swine flu)で海外旅行すら危ぶまれる状況の中で、今年の第109回アメリカ矯正歯科学会(AAO)が5月1日から5日にわたってアメリカ東海岸のボストンで開催された。日本からの参加予定者の一部は豚インフルエンザの危険を避けるためにキャンセルされた方もおられたようで、日本人参加者はとりわけ少ないという印象を受けた。私は2日に日本を発ってワシントンDC経由で現地入りした。日本のメディアの豚インフルエンザ報道が連日トップニュースであったため、気分的には戦地にでも赴くような心境であったが、旅行客や現地の人々はどちらかと言えば無関心で、話題にも上らず、マスクをしていたのは日本人だけという異様な光景で、日本人だけがやけに浮いていた。加えて、アメリカからの帰国者全員に10日間の監視を義務づけるというニュースを聞くに及び、両国間のあまりのギャップに、アメリカ人が無頓着なのか、日本人が神経質過ぎるのか、思わず考え込んでしまった。
ともかく、大会は予定通り開催された。今年は、私の師匠の一人である Prof. Ravi NandaによるJV Mershon Memorial Lectureが行われたことが話題の一つであった。40年に及ぶ彼の研究生活を振り返り、これからの矯正歯科を考えるという内容であったが、巨大な会場で立ち見が出るほどの数の聴衆をぐいぐいと引き込んで行く講演は見事であった。
その夜は、私が留学していたコネチカット大学の同門会に出席した。今年はProf. Ravi Nandaが授賞したということもあり、これまでの倍以上の130名もの同門生が出席し、大変な盛り上がりようであった。私が留学していた当時に院生であったDr. Rohit SachidevaやDr. Wayne Hickoryなど、懐かしい面々と再会の喜びを分かち合うことができた。と同時に彼らがそれぞれの立場で成功を収め、デジタル矯正歯科とも言うべき独創的なビジネスを展開していることに、大いに刺激を受けた。
4日の午後、私は「”Surgery First” Surgical Orthodontics」と題した45分間の講演を行った。インプラント矯正(TADs)をテーマにしたセッションの3番手に組み込まれていたが、トップバッターのDr. Mainoの講演時には昼食直後であったせいか出席者が少く、いささか気になっていたが、その後次第に増え,私の時にはほぼ会場全体が埋まっていたので一安心。講演する時には出席者数次第で話の乗りが違ってくるので、出席者数は気分的に重要な要素である。私は、顎変形症治療の将来モデルとしてのSurgery First がいかに多くの患者利益をもたらすかについて話をしたが、その意図は十分に理解していただいたようであった。
最終日の5日は、いくつかの講演を聴いた後に、大雨の中をBoston Fine Art Museumを訪れ、一流の美術品をしばし堪能した。ここを訪れたのは27年ぶりであったが、この間に世の中はすっかり変わってしまったにも関わらず,ここではすべてが当時のままのたたずまいを残していたことに深い安堵感を覚えた。本来であれば日本で保存されるべき浮世絵もこの美術館に所蔵されているが、貴重な文化遺産を完璧に保存し、後世に伝えて行こうという努力がなされている限り、母国で保存されるべきという考えに固執する必要はないのであろう。
5日の夜は、日本から来ていた友人達と連れ立ってUnion Oyster Houseというボストンでは老舗のシーフードレストランで食事をした。かつては度々訪れたことのあるお店であったが、古いたたずまいはおろか、メニューも以前といささかも変わらず、まるで20年以上前にタイムスリップしたかのような気持ちになった。今回も定番のロブスターをいただいた。これでも最も小さなサイズであったが、添え物も多く、食べ切れるものではなかった。
5月7日に往路と同様に、ワシントンDC経由で成田空港に到着したが、検疫官が数名乗り込んできて、乗客全員にマスクをさせ、サーモグラフで発熱の有無をチェックし、約1時間をかけて一人一人の健康状態をチェックしていた。アメリカ国内では空港でもどこでも注意を促されることもなかったことから、日本の検疫体制の徹底ぶりが際立っていた。人口密度の高い日本としては致し方のない措置であろう。でも、隣に座っていたアメリカのご夫人には理解できないらしく、「アメリカ人はこうやって待たされるのには耐えられないのよ」と文句を言っていた。
