2007年05月21日
第9報:The Dewel Awardの受賞
これは実にサプライズでした。
2007年の B.F. and Helen E. Dewel Award (通称The Dewel Award)が私たちの論文に与えられることになったからです。The Dewel Awardとは、矯正歯科学分野のトップジャーナルであるAmerican Journal of Orthodontics and Dentofacial Orthopedics (AJO-DO)が、その前年に掲載された全論文の中から、最優秀論文が選ばれて贈られる賞で、AJO-DOの賞としては最も権威のある賞とされています(図1)。授賞対象になった私たちの論文とは以下のような論文でした。
Sugawara J, Kanzaki R, Takahashi I, Nagasaka H, Nanda R : Distal movement of maxillary molars in nongrowing patients with the skeletal anchorage system, Am J Orthod Dentfac Orthopedics 129;723-733, 2006.
表彰式が5月19日午前9時の約束だったので、私は、AAOでの自分の講演を終えたその足で、表彰会場であるシェランホテルに向かいました。会場では、すでにAJO-DOの編集長であるDr. Turpinと共著者のProf. Nandaが待ち構えており、直ちにプラークの贈呈と記念撮影が行われました(図2)。
実のことを言えば、私はそのような賞が存在することすら知りませんでした(すみません…)。なぜなら、AJO-DOは採択率が必ずしも高くなく、掲載されるだけでも嬉しいことなので、まさか最高栄誉の賞を獲得することなどは想像だにしていなかったからです。ともあれ、大変に名誉なことで、研究者の端くれとしてアカデミックサイトで34年間それなりに頑張ってきたことに対するご褒美として受け止め、ありがたく頂戴いたしました。私にとっては、すばらしいモニュメントになりました。これもすべて共同研究者らのお陰と感謝しております。
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2007年05月20日
第8報:アメリカ矯正歯科学会(AAO) での招待講演
AAOの年次大会は世界最大規模の学術大会で、参加者はアメリカ国内にとどまらず、世界各国から毎年約2万人の会員が集まります。今回で107回目の年次大会であることからしても、いかに伝統のある大会であるかが伺えます(図1)。私の年次大会での招待講演は、2000年シカゴ、2002年フィラデルフィア、2006年ラスベガスに続いて今度のシアトルで4回目ですが、その度に緊張を強いられています。講演後に聴衆による評価がなされ、その採点表が数ヶ月後に講演者に送られてくるからです。評価が低い場合は、以後、招待講演の機会が少なくなるという厳しさです。コンテンツが大事なのは当たり前のことですが、英語の発音が悪くて出席者に内容が伝わらないというのも減点の対象で、日本人だから発音は大目に見て欲しいという甘えは通らないようです。私を含め、日本人にとっては辛いことですが、世界の共通言語が英語になっている現在、避けることのできないハードルなのです。だから、若い日本の矯正歯科医には、英語力を付けるための継続的努力をしなさいと、いつも口が酸っぱくなるほど言っているのですが、きっと彼らには現実味もなく、危機感もない話に聞こえるのでしょうね。
ところで、今回の学会場はWashington State Convention and Trade Centerで、私の講演会場は、約1500席の大きな6Eという部屋でした。朝8時からの講演だったことから出席者はきっと少ないだろうと踏んでいたところ(日本では常にそうなので)、予想とは裏腹に大勢の聴衆が詰めかけ、入りきれずに扉の外に列ができていました。私の講演は Implants as Anchorsというセッションに含まれていましたが、インプラント矯正が臨床医にとって依然として大きな関心事になっていることを伺い知ることができました(図2,3)。
図2 講演開始直前 図3 講演中の会場風景
今回の私の講演タイトルは「Non-Surgical and Non-Extraction Open Bite Correction in Adults with Orthodontic Miniplates」で、これまで治療がとても難しいとされてきた成人期の骨格性開咬症(skeletal open bite)を顎矯正手術なしで、かつ小臼歯を抜歯しないで、SASの適用で改善し、これまでのところ良好な長期成績を得ているという内容です。骨格性開咬症の治療は、かつては外科的矯正治療の適応でしたが、現在では、下顎骨が過大あるいは過小という問題を伴っていなければ、開咬症治療の第1オプションはインプラント矯正になりつつあります。患者さんにとっては顎矯正手術を避けられるという点で大変な朗報です。そして、小臼歯抜歯を前提とするのであれば暫間的固定源としてはミニスクリューで結構ですが、小臼歯を抜かない治療が可能であるとすれば、ミニプレートの適用を考えます。最終的には患者さんに複数の治療選択肢を示し、インフォームド・チョイスしていただくことが重要と考えています。私の患者さんでミニプレート適用例が多いという理由は、小臼歯を抜かない方針を選択される方が多いことを意味しています。そもそも治療ゴールが異なることから、ミニスクリューとミニプレートの比較は、外科的侵襲の多寡だけで優劣を決めることはできません(専門的な話でごめんなさい)。いずれにせよ、45分間の話でしたが、1500名もの聴衆が私の話を集中して聞いてくれたことに対して、ただただ感謝するのみでした。
話は前後しますが、17日にシカゴからシアトルの国際空港に到着し、自分の荷物を受け取るためにbaggage claimに行ったところ、いたるところに矯正歯科用ブラケット(通称ブレイス)の宣伝が大々的になされていました(図4)。
図4 矯正装置の宣伝(国際空港にて)
今回の学会にちなんでなのかどうかは確認できませんでしたが、アメリカ国民の多くが、歯並びや噛み合わせが悪ければ、何の抵抗もなく自然に矯正治療を受けている現実を反映しているものと理解しました。矯正歯科が、アメリカの歯科医療の中でトップの収益を上げていることや、矯正歯科医の社会的ステータスが高く、矯正歯科の大学院入学希望者が引きも切らないという現実と無関係ではなさそうです。日本文化は相当にアメリカナイズされ、特にファッションがそうですが、なぜか歯並びにその文化的影響が及んでいないのは、とても興味ある研究テーマです。
そうそう、忘れるところでした。本ブログの第2報で宿題になっていた件です。Pikeplace Market付近の路上に埋め込まれた在原業平の詩を詠んだプレートのことです。やはりいつものところにありましたので、写真を撮ってきました(図4)。「ついに行く道とはかねて知りしかど、昨日今日とは思わざりしを」を、英語では “I have always known that at last I would take this road. But yesterday, I did not know it would be today.”と表現しておりました。
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2007年05月17日
第7報:コネチカット大学での講義
5月15日にレンタカーを運転してボストン(マサチューセッツ州)からファーミングトン(コネチカット州)に向かいました。フリーウェイの91 Westから84 Southに乗っての約2時間のドライブでしたが、天候は快晴で、新緑が太陽に輝いて、とても清々しい気分で気持ちよく運転できました。そして、医学部と歯学部そしてそれぞれの附属病院や研修施設などが組み込まれたUniversity of Connecticut (UCONN) Health Center(図1)に無事到着しました。
私の恩師であるProf. Ravi Nanda が、丁度午後の診療に入っていたので暫く外来で見学しながらレジデント(大学院生)らと雑談をして過ごしました。診療が一段落したところで、急にRaviが、天気も良いし、ゴルフに行こうと言い出し、それに従うことにしました。アメリカはサマータイムで、夜は8時頃まで明るいので午後3時頃から1ラウンド回ることが可能なのです。Raviの近くの立派なカントリークラブでプレーを楽しみました。スコアは48・42と1年に数度しかプレーしない私としては上出来。その夜は、ベッドルームがいくつあるか分からないほど広く豪華なRaviの家に宿泊(図2)。旅の疲れとゴルフの疲れが重なって、ぐっすり。英語で言うと “I slept like a log.”。
図2 Ravi宅からの眺望 図3 院生らと共に
翌16日は、朝7時に大学に向かい、8時から12時過ぎまで20名ほどのレジデントを相手に講義を行いました(図3)。前半は「成長期反対咬合の診療ガイドライン」、後半は「Skeletal Anchorage System (SAS)」を話題にしました。用意したパワーポイントはそれぞれ1時間程度の内容でしたが、途中で質問攻めに合うため、倍の時間を要してしまいました。これだけ中味の濃い討論をすると教師冥利に尽きます。客員臨床教授としての義務を果たした思いがしました。
投稿者 sugawara : 18:07 | コメント (0) | トラックバック
はじめに
河北新報「みんなの健康」新時代の矯正歯科
1999年1月~5月(15回連載)
このシリーズは、今から8年前のもので、私が東北大学で助教授をしていた頃に河北新報に連載したものです。少し賞味期限を過ぎた部分もありますが、殆どはこれから矯正歯科治療を受けようと考えている方には、今でもお役に立てる内容ではないかと思います。驚いたのはこのシリーズの反響です。予想以上に多くの方が読まれていたことを知りました。中には、切り抜いてスクラップブックにしていた方もおりました。また、治療を諦めていた方が、矯正歯科治療は何歳になっても可能なのだということを知り、実際に治療を受けて長年のコンプレックスを解消した方もいらっしゃいました。賞味期限が過ぎた部分はいずれ折を見て改訂したいと思っています。
【シリーズ目次】
1. 情報不足
2. 専門医の育成
3. 不正咬合の見方
4. 放置すると
5. 見かけ
6. 子供の治療(前)
7. 子供の治療(後)
8. 成人矯正
9. 外科的矯正
10. 反対咬合の治療
11. 上顎前突の治療
12. 叢生の治療
13. 顔面非対称の治療
14. 学校歯科健診
15. 口腔育成プロジェクト
投稿者 sugawara : 15:55 | コメント (0) | トラックバック
2007年05月15日
第6報:16th International Symposium での招待講演と・・・
ボストン大学が主催するインプラントロジーのシンポジウムに招待され(図1)、5月13日にサンフランシスコ経由でボストンに飛び、その日の夜10時頃にホテルであるBoston Marriotte Long Warfに到着しました。その時、古い友人でYonsei大学(韓国)の学部長でもあるDr. Young Chel Parkとばったりと出会いました。彼と暫く雑談をした後に部屋に入りましたが、すでに外食するような時間ではなかったので、ルームサービスを頼むことにしました。注文したのは、ボストン名物のクラブケーキ(蟹肉を固めて焼いたもの)とクラムチャウダー(図2)。久しぶりだったことと、お腹がすいていたこともあってか、とても美味かった。
図1 プログラム 図2 クラブケーキとクラムチャウダー
さて、開けて14日に講演が予定されていたことから、準備を整えて会場のBoston Convention Centerに向かいました。このシンポジウムは、元来デンタル・インプランが中心でしたが、昨年からインプラント矯正のセッションが設けられるようになったとのこと。参加者の多くは矯正歯科医でしたが、すぐこの後にシアトルでアメリカ矯正歯科学会(AAO)が控えていたせいか、参加者数は少なめでした。私が主催者であれば、矯正歯科を分離せずに、interdisciplinary approachというセッションを設け、その一環としてインプラント矯正をどのように応用するかについて全体で討論した方が、より有益ではないかと思いました。
シンポジウムの話はこのぐらいにして、今度は野球の話しに移りましょう。大学時代は準硬式野球部に所属して三塁手をやっていたので、私は野球大好き男なのです。流石に最近はプレーする機会は殆どありませんが、テレビでの観戦が娯楽の一つになっています。実は、この日(5月14日)ボストン・レッドソックスがホームゲームで、しかも松坂が当番予定と知り、ホテルのコンシェルジェにチケットを探してもらいました。当然のことながら正規のものはすでに売り切れだったことから、コンシェルジェの知り合いのダフ屋を通して45ドルのチケットを100ドルで購入しました。ちょっと高いんじゃないのとは思いましたが、まあ滅多にないチャンスなのであきらめました。夜7時3分(何と半端な)試合開始ということで、少し早めにホテルを出て、古ぼけた地下鉄を使ってフェンウェイパークに向かいました。松坂人気は相当のもので、松坂の背番号のユニフォームを着たファンが大勢詰めかけていました。私の周りでは若いお兄ちゃんたちががぶがぶとビールを飲みながらの観戦です。松坂は絶好調とは言えませんでしたが、とても丁寧なピッチングでホームランを一本浴びたものの危なげない内容で、7対1のワンサイドゲームで5勝目を挙げました(図3,4)。それにしても不敵な構えで身体のでかい相手を手玉にとる松坂は大したものだと思いました。アメリカという環境に慣れるだけでも大変だと言うのに。
図3 フェンウェイ・パーク 図4 Dice-K Matsuzaka
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2007年05月02日
1.情報不足
にわかに矯正歯科が慌ただしくなってきた.平成7年4月から,児童生徒を対象にした学校歯科健診の内容が改正され,「歯列・咬合・顎関節」が新たなスクリーニング項目として設けられたからだ(宮城県では平成八8年から実施).わが国の歯科保健活動は,これまで虫歯や歯周病を中心とした疾病対策に重点が置かれていたが,虫歯の減少という疾病構造の変化にともなって,ようやく矯正歯科が目的とする「健全な歯・口腔(こうくう)の育成と生涯維持」に目を向けるゆとりが出てきたと言えそうだ.しかし,一方では,矯正歯科に関する情報が不足しているせいか,学校歯科健診の事後措置をめぐって現場では多少の混乱も生じている.
街で「矯正歯科」の看板を目にした方も多いと思うが,一体何をする診療科なのか,普通の歯科とどう違うのか,実際のところはあまり知られていない.一般の 人々に尋ねると,ほぼ例外なく「格好悪い歯並びをきれいにする歯医者さんのことでしょう」と返ってくる.間違いではないが,どうも,エステティックにかか わる歯科というイメージが浸透しているようだ.事実,見かけを気にしてやってくる患者さんがきわめて多い.ひとえに女性誌などメディアの影響と私たちの情 報提供不足によると思われる.そこで,最新の「矯正歯科」について,皆さんにもう少し知っていただき,診療を受ける際の基礎知識にしていただければと思 い,このコーナーをしばらくお借りすることになった.今回は,シリーズの初回なので,「矯正歯科」の概要を紹介しておきたい.
「矯正歯科」という表示が可能になったのは,独立した診療科目として認められるようになった昭和53年からだ.自由標榜(ひょうぼう)制なので,日 本の歯科医師免許を持っていれば誰でも看板に掲げることができる.しかし,このような専門の診療科目を表示している歯科医のすべてが,高度化している医療 技術に対応できるのかという疑問が生じたため,専門医の資格が必要であるという方向で厚生省などで協議が行われている.
それに関連して,日本矯正歯科学会は,国民に適切な医療を提供することと,医療水準を維持するために,昭和64年から認定医制度を発足させた.しかし,現 行の医療法では認定医や指導医であることを看板などに表示することができないため,患者さんには分かりにくいし,せっかくの制度が十分に活用されていない 状況にある.この問題についても現在検討されているところである.
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2007年05月01日
2.専門医の育成
矯正歯科を標榜(ひょうぼう)している開業医はつぎのように大別される.第1は,大学卒業後に矯正歯科の卒後教育を受けて矯正歯科だけで開業した場合.第2は,矯正歯科の卒後教育を受けた後に,矯正歯科だけでなく一般歯科などとの複数科名で開業した場合.第3は,卒後教育は受けていないものの,矯正歯科に関する何らかの修練を積み,複数科名で開業した場合である.いわゆる「矯正専門医」とは第一の場合を指し,そのほとんどが日本矯正歯科学会の認定医や指導医の資格を取得している.
ところで,矯正歯科の科学的基盤を支えている学問,すなわち「歯科矯正学」は,歴史的には17〜18世紀にイギリスやフランスで芽生え,19〜20世紀にアメリカ合衆国で生物学をベースにした学問として体系化され,第二次世界大戦後に本格的に日本に導入された.ちなみに東北大学においては昭和43年に歯科矯正学講座が新設され,「歯科矯正学」の卒前教育が開始された.さらに,教育スタッフなどの体制が整った昭和55年ごろから「矯正専門医」を養成するための卒後教育も本格的に行われるようになった.
なぜ6年間の学部教育で矯正歯科診療ができるようにならないのか,不思議に思う方もいるかも知れない.しかし,卒前教育では他の課目とのバランスで,「歯科矯正学」の講義や実習時間を十分に獲得することができないため,学部卒業までに基本的な知識と診断能力を身につけさせるのが精一杯であり,本格的な教育は卒後教育に委ねられているのが現状である.卒後教育コースは,公的に設置されている大学院(4年制)とはまったく別で,各大学の歯科矯正学講座が自主的に設けている「私塾」のような存在である.東北大学では,全日・3年制の卒後教育コースを実施しており,大学院生も含めて,すべての新入医局員がこのコースを履修する仕組みになっている.かなり厳しいカリキュラムの中で臨床と研究の研修を続け,最後の認定試験を経て初めて,若き矯正歯科医が誕生する.大学に入学してから実に10年目の春のことである.一般的には,その後さらに数年間にわたり,大学病院や矯正歯科医院などで多くの臨床経験を積み,やっと「矯正専門医」として独立することが可能になる.前に述べた日本矯正歯科学会・認定医の資格条件の中にも,大学などの指定研修機関で5年以上の臨床経験を積んでいることが義務づけられている.
地域社会において矯正歯科の中核として働いている「矯正専門医」が,このようにして育成されていることはあまり知られていない.
