2007年05月20日

第8報:アメリカ矯正歯科学会(AAO) での招待講演

AAOの年次大会は世界最大規模の学術大会で、参加者はアメリカ国内にとどまらず、世界各国から毎年約2万人の会員が集まります。今回で107回目の年次大会であることからしても、いかに伝統のある大会であるかが伺えます(図1)。私の年次大会での招待講演は、2000年シカゴ、2002年フィラデルフィア、2006年ラスベガスに続いて今度のシアトルで4回目ですが、その度に緊張を強いられています。講演後に聴衆による評価がなされ、その採点表が数ヶ月後に講演者に送られてくるからです。評価が低い場合は、以後、招待講演の機会が少なくなるという厳しさです。コンテンツが大事なのは当たり前のことですが、英語の発音が悪くて出席者に内容が伝わらないというのも減点の対象で、日本人だから発音は大目に見て欲しいという甘えは通らないようです。私を含め、日本人にとっては辛いことですが、世界の共通言語が英語になっている現在、避けることのできないハードルなのです。だから、若い日本の矯正歯科医には、英語力を付けるための継続的努力をしなさいと、いつも口が酸っぱくなるほど言っているのですが、きっと彼らには現実味もなく、危機感もない話に聞こえるのでしょうね。

 

図1 プログラム 

 

ところで、今回の学会場はWashington State Convention and Trade Centerで、私の講演会場は、約1500席の大きな6Eという部屋でした。朝8時からの講演だったことから出席者はきっと少ないだろうと踏んでいたところ(日本では常にそうなので)、予想とは裏腹に大勢の聴衆が詰めかけ、入りきれずに扉の外に列ができていました。私の講演は Implants as Anchorsというセッションに含まれていましたが、インプラント矯正が臨床医にとって依然として大きな関心事になっていることを伺い知ることができました(図2,3)。

 

図2 講演開始直前         図3 講演中の会場風景

今回の私の講演タイトルは「Non-Surgical and Non-Extraction Open Bite Correction in Adults with Orthodontic Miniplates」で、これまで治療がとても難しいとされてきた成人期の骨格性開咬症(skeletal open bite)を顎矯正手術なしで、かつ小臼歯を抜歯しないで、SASの適用で改善し、これまでのところ良好な長期成績を得ているという内容です。骨格性開咬症の治療は、かつては外科的矯正治療の適応でしたが、現在では、下顎骨が過大あるいは過小という問題を伴っていなければ、開咬症治療の第1オプションはインプラント矯正になりつつあります。患者さんにとっては顎矯正手術を避けられるという点で大変な朗報です。そして、小臼歯抜歯を前提とするのであれば暫間的固定源としてはミニスクリューで結構ですが、小臼歯を抜かない治療が可能であるとすれば、ミニプレートの適用を考えます。最終的には患者さんに複数の治療選択肢を示し、インフォームド・チョイスしていただくことが重要と考えています。私の患者さんでミニプレート適用例が多いという理由は、小臼歯を抜かない方針を選択される方が多いことを意味しています。そもそも治療ゴールが異なることから、ミニスクリューとミニプレートの比較は、外科的侵襲の多寡だけで優劣を決めることはできません(専門的な話でごめんなさい)。いずれにせよ、45分間の話でしたが、1500名もの聴衆が私の話を集中して聞いてくれたことに対して、ただただ感謝するのみでした。
話は前後しますが、17日にシカゴからシアトルの国際空港に到着し、自分の荷物を受け取るためにbaggage claimに行ったところ、いたるところに矯正歯科用ブラケット(通称ブレイス)の宣伝が大々的になされていました(図4)。

 

 

図4 矯正装置の宣伝(国際空港にて)

今回の学会にちなんでなのかどうかは確認できませんでしたが、アメリカ国民の多くが、歯並びや噛み合わせが悪ければ、何の抵抗もなく自然に矯正治療を受けている現実を反映しているものと理解しました。矯正歯科が、アメリカの歯科医療の中でトップの収益を上げていることや、矯正歯科医の社会的ステータスが高く、矯正歯科の大学院入学希望者が引きも切らないという現実と無関係ではなさそうです。日本文化は相当にアメリカナイズされ、特にファッションがそうですが、なぜか歯並びにその文化的影響が及んでいないのは、とても興味ある研究テーマです。


そうそう、忘れるところでした。本ブログの第2報で宿題になっていた件です。Pikeplace Market付近の路上に埋め込まれた在原業平の詩を詠んだプレートのことです。やはりいつものところにありましたので、写真を撮ってきました(図4)。「ついに行く道とはかねて知りしかど、昨日今日とは思わざりしを」を、英語では “I have always known that at last I would take this road. But yesterday, I did not know it would be today.”と表現しておりました。

 

図5 在原業平

 

投稿者 菅原準二 : 2007年05月20日 18:41

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