2007年05月06日

5.見かけ

「不正咬合を放置しておくと,歯が長もちしませんよ」とか,「そしゃくや発音などが正常に機能しませんよ」と言われて矯正治療を受けようと思う人は,実は少ない.不正咬合は,突然そうなるのではなく,時間をかけてゆっくりでき上がるため,そしゃくや発音にかかわる障害なども周囲の組織器官によってそれなりに補償され,不具合を不具合と感じることがないからだ.つまり,実感がないのである.

患者さんを矯正治療に駆り立てるのは,多くは「容貌」すなわち「見かけ」の問題だ.阪神大震災において,入れ歯を忘れて飛び出し,壊れた家に戻った人の多くは,前歯の入れ歯を忘れた人であったという話しを耳にした.奥歯の入れ歯がなくとも食べることは何とかできても,前歯がないという格好悪さには耐えられなかったということらしい.現代の日本人は極限状況においても,「見かけ」を大切にしているのである.その良し悪しを問題にしているのではない.病いに対する人々の思いや受けとめ方は,時代,文化,民族,性,世代などによって異なり,かつ,医療サイドがいくらあがいても,簡単に操作できるものではないからだ.

「眼はその人の心の状態を語り,歯はその人の生活の状態を語る.人はまったく見かけによる」とは,作家・柳美里の言葉であるが,そういう時代に私たちは生きているようだ.そして,このことを裏付けるように,東北大学文学部・仁平義明教授は,次のような報告をしている.大学生に「日本社会で,容貌など身体的外見によって,社会的に有利になったり不利になったりすることがあると思いますか」という質問をしたところ,「大いに」や「ある程度」という肯定的な回答が男性では約93%,女性では約97%に達していたそうだ.昔は,男性は「見かけ」を気にしないことが美徳とされていたが,現代社会では男女を問わず「見かけ」を気にするし,それで差別を受けたくないと感じているようだ.しかし,そのような社会的風潮が,最近問題になっている「醜形恐怖症」(容貌に極端に自信を失い,それを気にするあまり社会生活にも支障をきたしてしまう精神障害)を生み出していることには注意が必要だ.

新時代の矯正歯科には,このような背景を十分に理解した上で,患者さんの気にする「見かけ」の問題を解決し,同時に「歯の長期維持」のためのゴールを達成することが求められている.幸いなことに,矯正歯科では「見かけ」を良くして,歯の長期維持や口の機能向上を図ることは,見事に両立する.

投稿者 菅原準二 : 2007年05月06日 15:17

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