2007年04月16日

第5報:21st Biennial Growth Seminarでの招待講演

ニューヨーク州とコネチカット州の矯正歯科医らによって構成されているNew-Conn Orthodontic Foundationという組織が、2年毎に42年間にわたってセミナーを主催してきました。今回は第21回セミナーになりますが、世界のトピックにもなっているインプラント矯正(TADs)が取り上げられ、「Temporary Anchorage Device and Implants in Orthodontics: When, Where, and Why Not?」というテーマで、ニューヨーク州White Plainsにおいて開催されました(図1)。招待講演者は、Dr.Anthony Gianelly、 Dr.Vincent Kokich、Dr.Giuliano Maino、Dr.David Sarver、Dr.Junji Sugawara(私)、Dr.Bjorn Zachrissonの6名でした。オペラの世界で言えばパヴァロッティ、ドミンゴ、カレーラスという三大テナーが一同に会したような豪華な顔ぶれで、この種のセミナーでは異例の400名を超える受講者が全米各地から集まるという盛況ぶりでした(図2)。

 

図1 リーフレット         図2 セミナー会場

私は、セミナー前日の12日に現地に入る予定で仙台を発ち、成田からロス経由でニューヨークに向かうことにしました。ユナイテッド航空890便で午前10時前にはロスに到着しましたが、乗り継ぎ便の機体到着が間に合わず、午後1時過ぎに出発の予定が2時半になっていました。その時間になって搭乗して、いざロスを出発という段になって、今度は左エンジンに故障が見つかり修理中とのアナウンスがあり、暫く座席で待機させられました。しかし、故障の修理のめどが立たず、結局午後4時過ぎになってキャンセルになってしまいました。ガックリときてしまいましたが、まあ途中で墜落するよりはましかと気持ちを切り替えにかかりましたが、ニューヨーク行きの100名以上の乗客が、それぞれ次の便の予約に走ったので、当然のことながらその日のうちに運行予定のニューヨーク行きの2便はキャンセル待ちであふれ返ってしまいました。私の講演は翌13日の昼過ぎに予定されていたので、遅くとも13日の午前中にはJFKに着いていなければならないため、何としても12日の便に乗る必要がありました。そこで、最悪のケースも考えて、空席があった13日朝7時の便を押さえた上で、12日の午後10時と11時半の待機リストに載せてもらうことにしました。と同時にWhite Plainsのホテルで待ち受けているはずの事務局に電話をして、最悪の場合は13日の午後3時到着になるので、プログラム変更の可能性についても伝えました。それからユナイテッドのラウンジで約6時間待って10時の便の空席を待っていましたが、全くだめで、11時半にラストチャンスを賭けることにしました。そこにも多くの待機者がいたため、今度も無理かなと諦めかけていたところ、待機リストのかなりの人が翌日の便に切り替えたようで、幸いにもようやく最後の数席に滑り込ませてもらいました。これで何とか招待先に迷惑をかけずに済むという思いでホッとしました。このような経験は今回が初めてで、何がおこるか分からないので、これからの招待講演では余裕をもって出かけるべきであることを痛切に感じました。


このようなハプニングがあったものの、13日の午前8時にはJFK国際空港に到着し、そのままWhite Plainsまで約1時間タクシーを飛ばし、何とか自分の講演には間に合いました。The Crowne Plazaというホテルが会場にもなっていたので、部屋でシャワーを浴びて、ちょっとだけ休息をとって、2時間の講演を無事終えました。講演内容はいつもの「Skeletal Anchorage System (SAS)」で、システム開発の背景、診断法、治療の進め方、ミニプレート埋入手術、メカニクスなどについて話した後、術後5年以上経過した症例を11例提示しました。SASを知らない参加者も多かったようで、熱心にメモをとりながら私の講演を聴いてくれました。とりわけ術後10年経過した症例提示に感銘を受けたようで、講演後に多くの人から感嘆の言葉を頂戴しました。そして、その日の最後に招待講演者全員が壇上に上がってパネルディスカションがありました。会場からの質問の多くは、実際にインプラント矯正に主体的に関わってきたイタリアのDr.Maino(図3)と私に向けられました。

 

図3 Dr. Mainoの講演 

私には、コーディネーターを務めたDr.Kokichから「小臼歯を抜歯すれば簡単に治せると思える症例をなぜSASを使ってまで非抜歯治療を行う必要があるのか」という質問がありました。アメリカでは定番の質問なのですが、これに対して、私は「日本では厚労省と日本歯科医師会が8020運動というキャンペーンをしているため、健全な歯を失うことを可及的に避ける傾向があること」「抜歯をするか非抜歯にするかは選択肢であって、患者がそのriskとbenefitを考慮した上で選択すべきことで、矯正歯科医が押し付けることではない」という説明をしました。
さて、明けて13日は、御三家とも言えるDr.Zachrisson、Dr.Kokich、Dr.Sarverの講演に加えて、Dr.Mainoと私がそれぞれ1時間ずつ話をしました(図4)。

 

図4 招待講演者

御三家はいずれもTADsの有用性は認めているものの、日常臨床ではさほど多くの経験を積んでいないようで、提示された症例は比較的簡単なものばかりでした。しかし、流石にプレゼンテーション技術は見事で、聴衆をぐいっと引きつけておくスキルには大いに学ぶべきところがありました。それにしても、なぜTADs経験が少ない御三家を招待したのだろうか、ちょっと不思議でしたが、主催者側の説明は明確でした。一つは、ビッグネームを利用して多くの参加者を集めること。もう一つは、世界のオピニオンリーダーである彼らのTADsに対する意見、批判、提言を聞きたかったことにありました。主催者側の意図は見事に的中し、実際に多数の参加者があり、土曜日の午後のセッションでも(通常はかなりの人が帰ってしまう)最後まで一人も帰らなかったという盛り上がりようでした。
とりわけDr.Kokichの講演におけるTADsに関する論文レビューでの歯に衣着せぬ批評は痛烈で、我々の論文のいくつかも批判の対象(えじき)になりました。論文の内容を「Rational? Reasonable? Stable?」という三つの視点から評価するというのが彼の手法で、TADsを用いて大臼歯を圧下して下顔面高を減少させることや大臼歯の遠心移動による非抜歯治療についての疑問を訴えていました。前者については、Surgeryによる下顔面高減少後の後戻りが大きいという過去の論文(下顔面高の減少に咀嚼筋が適応しない?)を根拠に、TADsによる下顔面高減少でも同じことが言えるだろうし、圧下した大臼歯も戻るだろうという見解でした。これについては午後のパネルディスカションにおいて、「では、下顔面高および口唇離開が過大なopen biteには打つ手がないということか?」という質問をしようと思っていましたが、パネルディスカションが火災報知器の誤報騒ぎのためにドタキャンになってしまったので果たせずじまいでした。また、後者の大臼歯の遠心移動についても過去の論文を根拠に、術後安定性は低いにちがいないという個人的見解を述べていましたが、これは明らかに考察不足だと思いました。なぜならば、根拠となっている論文では、いずれも顎成長の旺盛な思春期の症例を対象としており、遠心移動に先立って智歯や第二大臼歯を抜歯しposterior crowdingの発生を予防するなどの前処置をせず、後戻りのリスクファクターを残していたからです。我々が成人を対象とし、遠心移動に先立って必ず智歯あるいは第二大臼歯を抜歯しているのとは大違いだからです。これも、パネルディスカッションで取り上げてみようと思っていましたが、残念ながらできませんでした。しかし、私にとって、このような批判はもとより大歓迎です。とても刺激的で、次の研究や講演のヒントになるからです。遠路遥々、ニューヨークまで来た甲斐があったと言うものです。
13日の私の講演は「A New Approach to using SAS –Surgery First-」 というタイトルで行いました。これまでの伝統的な外科的矯正では、最初に術前矯正を行ってから顎矯正手術を行うという手順でしたが、下顎前突では術前矯正のdecompensationに伴って反対咬合と顔貌が悪化し、かつ治療期間が長びくという欠点がありました。Surgery Firstでは文字通り最初に手術を行うことから、主訴でもある顔貌の改善が早い段階でなされることになり、かつ総治療期間もこれまでのところ平均11ヵ月と劇的に短縮されるようになりました。極めてpatient orientedな方法です。この方法のポイントは、術中に埋入した顎間固定用チタンプレートを絶対的な固定源として術後矯正に応用することによって歯列単位のコントロールが可能になったことと、顎骨の手術後に骨代謝が変化して歯の移動速度が速まるという特性を利用したことにあります。世界では誰も行っていない治療法であることから、Dr.ZachrissonやDr.Kokichをはじめ多くの先生方から賞賛を受けました。レッドソックスのダイスケ(アメリカ人がみんなダイスケを知っているのには驚きました)の言葉を借りれば、Surgery Firstへの自信が確信に変ったというところでしょうか。また、ボストン大学のDr.Gianellyが会場の外ですれ違った際に、「お前がやっている仕事は素晴らしい、それにお前の英語がうまいのは感心した」とぼそっとコメントを述べていたのには、半分お世辞であるにせよ正直嬉しく思いました。でも、この程度の英語でお褒めの言葉をいただくということは、日本人の英語ベタは世界の常識であることを改めて思い知らされました。
セミナーが開けて、13日の夜は、New-Conn Orthodontic Foundation主催によるディナーが会場近くのステーキ・レストランで行われました。私は、BSEという文字が脳裏をちらっとかすめたものの、ステーキ・レストランでサーモンを食べることもないだろうと思い、ステーキを注文しました。予期したように革靴大の肉塊が出てきました(図5)。

 

図5 アメリカンステーキ 

まさに肉塊としか言いようがありません。味は最高であったものの、とても食べきれるものではなく、半分残さざるを得ませんでした。デザートのチーズケーキもステーキの大きさに比例して巨大で、これも半分しか食べられませんでした。腹も身の内と思うようでは、もうお終いかなとちょっと悲しくもありました。それにしても、アメリカ人のジョーク好きは異常です。食事の途中からジョーク合戦が始まり、次々と入れ替わり立ち替わり、ジョークの嵐でしたが、私には何が面白いのかさっぱり分からず、むしろ彼らが腹を抱えて笑う様を見て笑うという疲れる時間を過ごしました。これからは、英語のジョークを2〜3発仕込んでから出かけるようにしようと決心した次第です。外人ではDr.Zachrissonが孤軍奮闘。英語ベタのフランス人が外交官が集まった宴会であいさつした際に、Happinessと言ったつもりが、皆にはPenisとしか聞こえなかったという下ネタでした。
帰途は、朝の4時過ぎにWhite PlainsのホテルからJFK空港まで立派なリムジンで送ってもらい、飛行機のキャンセルもなく、往きと比べればあまりにも順調な帰りの旅でした。しかし、いつものことながら、ロスから成田への機内食(幕の内弁当)の味付けはひどかった。どうやらコスト削減のために、日本人が関与していないケータリングサービスにやらせているためらしい。帰路の機内ではもう二度と日本食をオーダーするもんかと心に誓いました。

投稿者 菅原準二 : 2007年04月16日 08:37

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