2007年02月11日

第2報:退官記念感謝会

昨年12月31日付けで私が東北大学を辞めたという話は先にしましたが、後輩の有志が中心になって呼びかけを行い、2月11日に私の退官記念感謝会を開催してくれました。会場は勝山館(しょうざんかん)。私は出席者が約180名を数えたことにまず驚きました。事務局からは呼びたい人を全部呼んで構わないからと言われて名簿を渡したものの、連休の中日でもあり、出席者はそれほど多くはないだろうと思っておりました。嬉しかったですね。

柴山光由さんの司会で、午後6時に開宴しました。大井龍司先生(宮城県立こども病院院長)、吉田直人先生(元宮城県歯科医師会会長)、仁平義明先生(東北大学大学院文学研究科教授)から、それぞれ心温まる祝辞を頂戴しました。つづいて渡辺剛先生(東北大学名誉教授)の音頭による乾杯が行われました(図1)。

 

図1 乾杯 

渡辺先生とは学友会バドミントン部OBとしておつきあいいただいておりますが、自ら不良老人と豪語しているだけあって、軽妙洒脱なお話や、歯に衣着せぬ教育・学問界の現状批判を展開され、会場の喝采を浴びておりました。失うものも恐れるものがないというのは一種の清々しさを感じさせるものなのですね。流石でした。
宴会は次第にたけなわになり、会場のあちこちで話し合いの輪ができあがって行きました。私は、大学時代は他業種の人とのおつきあいも多かったので、歯科関係者以外にも多くの出席者がありました。そのため「あれっ、なぜあなたがここにいるの?」とか「菅原先生とどういうご関係?」とか言う声が各所から聞こえてきました。前述の渡辺先生の言葉を借りれば、今宵は菅原マフィアの集会のような様相を呈していました。
途中、顎顔面外科の小枝先生が率いるフラメンコチームの飛び入りがあり、宴は益々盛り上がり、多くの方からスピーチを頂戴したにもかかわらず、マイクを通したその声がほとんど聞き取れない状態でした。私は、すべてのテーブルに周り、ご挨拶を申し上げようと努力しましたが、いくつかのテーブルを残してしまいました。大変申し訳ないことをしました(図2)。

 

図2 小枝先生らによるフラメンコ 


最後に、私の挨拶が回ってきました。あくまでも自然体で気負わずにと心して壇上に昇りました。席次表を見たある人が「まるで生前葬のようだな」とつぶやいたのをちゃっかりキーワードの一つに使わせてもらいました。いや本当に冗談ではなく、私はこれで自分の葬儀は家族葬で済むなと思いました。そして、私のファーストステージでのご厚誼に対して皆さんに御礼を述べることができたのはとても良かった。なにせ、死んでからでは口がきけないわけですから。
もう一つのキーワードは在原業平の「ついに行く道とはかねて知りしかど、昨日今日とは思わざりしを」という辞世の句でした。実感ですね。大学にいる時には、いつかは大学を辞める時が来るのだろうなとは漠然と思ってはいましたが、現実にそれは今だとは思ってもいなかった訳ですから、ぴったり重なります。実はこの句との出会いにはエピソードがあります。10年ほど前までさかのぼらなければなりません。シアトルを訪れた時のことです。シアトルのウオターフロントにPikeplace Marketという大きな市場があります。その入り口の前の歩道にたたずんで、何気なく路上を見つめていたとき、英語で書かれた小さな金属プレートが埋め込まれているのを見つけました。よく見みると、英語の詩でした。さらによく見ると、詠み人としてNarihira Ariwaraと名前が書いてありました。そして、肝心の句はと言いますと、実は当時は英語で覚えていたのですが、残念ながら忘れました。でも、どこかで聞いたような詩だなと思っていたら、高校時代に古文で学んだその句だったのです。(5月にアメリカ矯正歯科学会に出席のためにシアトルに行くので、写真に撮ってきます)そして、出席者の方々をいくつかのジャンルに分けさせていただいて、そのジャンルごとに生前、いや大学時代お世話をいただいたことに対してお礼を述べさせていただきました。これで思い残すことがなく、あの世、いやセカンドステージに進むことができそうです。ありがとうございました。それから、沢山の花束を頂戴しまして、ありがとうございました(図3)。

図3 花束贈呈 

投稿者 菅原準二 : 2007年02月11日 19:59

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